深く埋めた中から水が湧(わ)き出て、そこいらの稲(いね)にみずがかかる仕掛(しかけ)であった。その時分はどんな仕掛か知らぬから、石や棒(ぼう)ちぎれをぎゅうぎゅう井戸の中へ挿(さ)し込んで、水が出なくなったのを見届けて、うちへ帰って飯を食っていたら、古川が真赤(まっか)になって怒鳴(どな)り込んで来た。たしか罰金(ばっきん)を出して済んだようである。
母が病気で死ぬ二三日(にさんち)前台所で宙返りをしてへっついの角で肋骨(あばらぼね)を撲(う)って大いに痛かった。母が大層怒(おこ)って、お前のようなものの顔は見たくないと云うから、親類へ泊(とま)りに行っていた。するととうとう死んだと云う報知(しらせ)が来た。そう早く死ぬとは思わなかった。そんな大病なら、もう少し大人(おとな)しくすればよかったと思って帰って来た。そうしたら例の兄がおれを親不孝だ、おれのために、おっかさんが早く死んだんだと云った。口惜(くや)しかったから、兄の横っ面を張って大変叱(しか)られた。